発病の背景② 信頼関係不足が深まるも、萎えすぎて対策を取れず

適応障害との格闘

既に自分の状態はドツボ

前回おはなししましたように、当時のわたしは忙しさのサイクルというドツボにすっかり嵌っておりました。仕事を人に振る事ができず、一人ですべて抱え込んでしまっている状態です。

職場での経歴がある程度長くなるとそれなりの責任も期待されてしまうものでして、それに応じ仕事量も増えるというのに、その負債を常に一人で抱え込んでしまう。もうどん底への道、まっしぐらです。

おそらくこんな状態が、10年以上。
よくもまぁ、あそこまで耐えていたもんだと、今では自分自身を関心します。

裏目に出た、辛抱強さと責任感

これは一切格好つけない話なのですが、わたしには会社(職場)を思う気持ちが人一倍強かったように思います。

辛抱強さと責任感が過ぎる性質からして、事業が市場で苦戦していることを感じ取り、
「なんとか好転させたい!」
との思いが非常に強かったと思います。独自でいろんな調査を行ったり、職場内で勉強会を主催したりなど、先手で行動に移していたように思います。

しかし世間的には立派な心がけとも言われそうなこのような行動が、気付かぬうちに裏目に出ておりました。

要はコミュニケーション不足

反省すべきは、わたしのこんな行動は組織にいる以上、やはり管理者と調整をしながら行うべきでした。

そもそも、職場のことをここまで考えるのは組織を管理する管理職の仕事。そういう管理職の側からすれば、わたしのこんな思いなどいわば ”一介の技術者の勝手な思いの先走り” と捉えられていたようです。なのでフォローは一切なし。

わたしはわたしで、なにも動かない管理職に呆れ果て、ただでさえコミュニケーションから逃げる性質がさらに加速。こっちはこっちでやってしまおう的な取り組みを続けてしまいます。

こんな状態で、組織としていい仕事ができるわけありませんよね。

溝は深まる一方、心の余裕もなし

そもそも、わたしがもっと早く自分の特性を分析し自分の行動を考えるようにしていれば、ここまで酷い状況にはなっていなかったろうと思います。そして、わたしの方からもっと報連相を心がけるべきであったでしょう。

が、先述の自分の性格が災いしたうえ、忙しさのサイクルにより心身疲弊が積もりに積もって萎えてしまっていたのでしょう。職場に対する信頼感がなにも持てず、修復する意思さえ現れない状態だった思います。いかに心の余裕を失っていたかが感じられます。そして次第に、管理側との心の溝が修復不可能なものとなっていたものと思っています。

もうこのころから精神的に既にかなりやられてしまってましたが、それでもなんとか耐えていたと思います。

そしてついに、そんな折に起きた出来事で、わたしはついにダウンするに至ってしまいました。ここはまた次回、書かせていただこうと思います。

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