拓哉は二十一歳の大学生だった。
地方から上京して一人暮らしを始め、大学での講義やバイト、友人たちとの付き合いなど、表向きはそれなりに楽しく充実した日々を送っている。
しかしその胸の奥底には、誰にも明かせない深い秘密と孤独が渦巻いていた。
男性でありながら同性に惹かれてしまうこと、そして何より、心から愛し合える誰かを求めて心が飢えていることだった。
これまでにも、同じ境遇の人間が集う場所へ密かに足を運び、その場限りの関係を持ったことはある。
けれど、体だけの繋がりに心を満たされるはずもなかった。
拓哉が本当に望んでいたのは、幼い頃から夢見ていた包容力のある年上の男性と出会い、お互いを心の底から尊重し、慈しみ合えるような「真実の恋」だったのだ。
日常のささやかな癒やしは、自室のベッドで一人、パソコンの画面に浮かぶ男性同性愛者向けの掲示板を覗くことだった。
そこに並ぶ書き込みの多くは己の肉体的欲望を満たすための露骨な言葉ばかりで、拓哉が求める温もりとはかけ離れていたが、寂しさを紛らわせるためのその習慣を止めることはできなかった。

ある夜、諦め混じりに画面をスクロールしていた拓哉の目が、ある一行に留まった。
『59歳です。日常から離れ、心を通わせ合える大切な方と出会いたいと思っています』
飾り気のない、けれど真摯な人柄が滲み出るような文章。
自分と同じように心と心の繋がりを求めているのかもしれない――
胸を突かれた拓哉は、静かな期待とともに一通のメッセージを送った。
届いた返信は、想像以上に丁寧で優しいものだった。
画面の向こう側の温もりに触れるにつれ、拓哉の警戒心はすっと解けていった。
「自分が追い求めていたのは、この人かもしれない」。
そんな甘い妄想が膨らむ中で交わした「一度、お食事でもいかがですか?」という誘いに、迷う理由は何もなかった。
待ち合わせ場所に立っていた「隆一」は、定年を目前に控えた59歳の男性だった。
白髪の混じる落ち着いた佇まいと、優しげな目元。
メール通りの紳士的な立ち振る舞いに、拓哉の心臓は高鳴った。
居酒屋の席で向かい合い、他愛もない会話を交わす。
隆一には家庭があるという現実も明かされたが、互いの現実生活の深くには踏み込まず、ただ二人で共有する時間を愛おしんだ。

初対面でそのままホテルへ向かうのが一般的な世界にあって、隆一は違った。
食事を終えると、「今日は本当に楽しかったです」と穏やかに微笑み、連絡先だけを交換して拓哉を優しく見送ってくれた。
大切に扱われているという実感に、拓哉の心はあたたかい幸福感で満たされた。
それから、プラトニックで愛おしい日々が始まった。
LINEで交換されるのは、「今日はこんなことがあった」という何気ない日常の出来事や、お互いの価値観についての言葉。
日々のメッセージを通して隆一の誠実さに触れるたび、拓哉の恋心は加速度を増して深まっていった。
三度目のデートの帰り道。
街灯が川面を青く照らす夜の橋の上で、隆一は足を止めた。
少年のように緊張した面持ちで拓哉を見つめる。
「拓哉くん……ぼくは、君のことが好きで好きでたまらないんだ。
こんな年老いた、家族のある身だけれど……僕と付き合ってくれませんか?」

その言葉を聞いた瞬間、拓哉の胸に溢れんばかりの歓喜が突き上げた。
これこそが、ずっと夢にまで見た恋愛だった。
この人にすべてを捧げたい、尽くしたいという気持ちが最高潮に達していた。
「……はい! ぼくも、隆一さんが好きです」
安堵したように目元を緩める隆一の手を握りしめ、二人はその夜、初めてホテルのドアをくぐった。

静かな部屋で重ね合わせた唇は、どれほど長い時間交わされていたか分からない。
永遠にこのままでいたいと願いながら、熱く切ないキスを繰り返した。
服が脱ぎ捨てられ、触れ合う肌から温もりが伝わるたび、背筋を甘い痺れが駆け抜ける。
「拓哉くん……愛しているよ」
「隆一さん……ぼくも、隆一さんのものです」
互いの鼓動と熱量を肌で感じ合いながら、ふたりは心と心の深い契りを交わした。
欲望の消化ではない、互いの孤独を埋め合わせる真実の愛。
拓哉は心も体も完全に隆一へ委ね、生まれて初めて本当の幸せの中に溶けていくようだった。
( 第二章 へつづく)


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