( 第三章 よりつづく)

春のやわらかな風が街を吹き抜ける頃、拓哉は大学の卒業式の前日を迎えていた。
卒業後は東京を離れ、地元に戻って就職することが決まっている。
隆一と出会い、愛し合った思い出の詰まったこの部屋を引き払い、明日にはこの街を旅立つ。
拓哉は最後の最後まで、隆一からの連絡を諦めずに待ち続けていた。
隆一に見せるために買い揃え、一度も披露することができなかった新品のブラウスとミニスカート、そして可憐な下着。
それらは、「もし今隆一さんから連絡が来たら、すぐに持って駆けつけられるように」と、引っ越しの最後の荷造りの段階まで、部屋のクローゼットに残しておいたものだった。
だが、ついにその時が来てしまった。
荷造りの終わったがらんとした部屋で、拓哉はクローゼットの奥からその紙袋を取り出した。
中の服を取り出し、ベッドの上に丁寧に広げると、拓哉はじっとそれらを見つめた。
一人で自室で袖を通し、「隆一さんは喜んでくれるだろうか」と彼の笑顔を思い浮かべて胸を躍らせていたあの日の充実感が、胸を締め付けるような甘く切ない思い出となって蘇ってくる。

隆一はいま、どこで何をしているのだろう。
自分を忘れてしまったのだろうか。
それとも、二度と会えない何かが起きてしまったのだろうか。
どれだけ心の中で問いかけても、静まり返った部屋に答えが返ってくることはない。
「隆一さん……」
ぽつりと呟いた声が、誰もいない部屋に虚しく寂しく響く。
拓哉はそっと指先で、一度も隆一に見せられなかった服のやわらかな生地を愛おしむように撫でると、意を決してそれらを指定のゴミ袋へと収めた。
二人で過ごした愛おしい時間も、密やかに育んだ真実の恋も、すべてこの街に置いていくために。
「……さようなら」
心の中で静かに別れを告げ、袋の結び目を強く結んだ。
胸の奥に残る消えることのない切なさと、隆一からもらった愛おしさをしっかりと抱きしめたまま、拓哉は新しい明日へと一歩を踏み出すのだった。

--- この作品を、T氏の未来に捧げます。(作者)
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